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林田 繁和
2016/07/22

巨泉墜つ

 1966年生まれ今年50歳。まだ白黒テレビを知っている世代です。
 小学校の教室にあったテレビはもちろん白黒で、ブラウン管の前に観音開きの扉があり、道徳の視聴覚教育では恭しくそれを開き、見ていた。
 TVが2台あるという家は稀で、家族が集う居間にデンとあり、みんなで観るものだった。ビデオなどというものは当然なく、見逃したらそれっきり。再放送でもない限りは「その時、テレビの前で見てお終い」が当たり前だった。

 私は小学校6年生のとき、頑張ってお年玉を貯めて5インチの白黒テレビを買った。

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 実はその小さなテレビ───今となっては決して小さくはないのだが───は当時の思い入れもあって捨てられず、未だに実家の押し入れに眠っている。
 白黒で小さな画面であったが、部屋でこっそりとお気に入りの番組を見るのが、もうそれはそれは至福のときだった。

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 やがて色気づき始めた中学生になると、家族が寝静まったあと、自室で当時放送されていた11PMを見るのが密かな楽しみだった。
 11PMは愛川欽也さんや藤本義一さん、大橋巨泉さんらが曜日ごとに司会を担当し、エロやギャンブルなど大人の話題を扱うトークバラエティ。
 当時の男子中学生にとっては見たい番組ナンバーワン。親にとっては見せたくない番組ナンバーワンだった。

 中学2年、修学旅行で広島に行った1980年10月21日。男ばかり5人ほどの相部屋。決められた就寝時間後に、みんなでごそごそ起きだして部屋のテレビで11PMを見ようということになった。

 お目当てはもちろんムフフな映像であった。

 当時の旅館の部屋のTVは有料。100円玉を横についたボックスにチャリンと入れると1時間まで視聴できた。
 男子中学生たちは、番組が全部見られるように放送開始の11時20分直前を見計らい、胸だけではないところまで膨らませながら100円玉を挿入。チャンネルは勿論11PMの放送局だ!

───で、私たちが目の当たりにしたのはシャバダバな映像ではなく、放送内容を変更しての「ジャイアンツ長嶋監督解任劇の速報」であった。

 野球少年あがりの連中は、降ってわいたミスタープロ野球の辞任に食らいつくようにTVを見つめ続けた。
 一方の私はというと…。正直がっかりして床に就いたことを憶えている。

 「11PM」に限らず「クイズダービー」「世界まるごとHOWマッチ」そして「巨泉のこんなモノいらない!?』などを夢中で見た私にとっては、テレビは知的好奇心を満たしてくれるものであったし、知らない《大人の世界や外国》を見せてくれた。そして何より表現の自由の大切さを教えてくれたと感じている。

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